明治維新ツアー 2007.02.12

今日は明治維新で活躍した人たちの石碑ツアー。

三条から、四条、四条から三条まで、
軽く京都市内を歩きました。

まずは、これ。

高瀬舟。底が浅いのが特徴。
こんな感じ。

京都から伏見へつながっています。
伏見から、さらに大阪までつながるので、
江戸時代、京都の重要な交通・運送手段でした。
・・・だれ?

と、思った、そこのアナタ。
桂さんです。

ヅラじゃない。桂だ。



小太郎ではなく、小五郎です。

母兎は、ときどき、本気で間違えます。
小太郎は、銀魂の桂だよ〜。
小五郎像の後ろ。

この銅像が置いてあるのは、河原町御池。


桂小五郎(木戸孝允)は、吉田松陰の教え子の高杉晋作達と協力し、薩長同盟を成立させ倒幕を実現しました。

明治政府の、五箇条の御誓文や、版籍奉還や廃藩置県の計画を立てたのも、桂です。


しかし、都兎は、
桂小五郎=木戸孝允
ということに今まで気が付きませんでした。

重要人物じゃないですか。
『桂ライオンズクラブ』って・・・?
池田屋事件の跡地。

今はパチンコ屋。

昔、ここで死んだ人がいたんだですよね・・・。


新撰組の、近藤勇に殴られたとか、
長倉新八にやられた人とかいたようです。
酢屋。

木材店。坂本龍馬の海援隊本部。
今も木材を扱っています。
かんなくずとか、売っていました。

二階は龍馬のギャラリーですが、
たいした物はないです。
中学生までは無料。
大人は300百円。
高瀬川のサイドには、柳の木が。

昔と変わらず、川のそばに立ち続けています。


高瀬川の水は、時代の流れとともに、
絶えず流れていますが、
川底の石は、明治維新の動きを見てきています。
当時のままですからね・・・。
高瀬川の『セグロセキレイ』。
土佐藩邸の後。
坂本龍馬、中岡慎太郎の遭難の地。
要するに、ここで殺されちゃったわけです。

坂本龍馬、当時33歳。
四条河原町。

手前の川は、鴨川です。

対岸、写真の真ん中に映っているのが、
南座です。
瓦の屋根。
ここは、夏になれば、各店が川床を出します。
鴨川上空。
普通のデジカメにしては、上出来だと思います。
トンビ!!

動きを読みながら、シャッター!!

カッコイイ。
カルガモ。

鴨川沿いは、たくさんの鳥が見れます。

残念ながら、冬の季語にもなっている、
『イカルチドリ』は見れず。

イカルチドリは、京都の絶滅レッドデータブックにも、
のっています。数少ないんですよね・・・。
三条大橋。

向こうに見えるビルは京阪三条駅です。
東海道中膝栗毛の、
やじさん、きたさんの銅像。

三条大橋から出発。



東海道中膝栗毛・・・江戸時代後期、十辺舎一九によってかかれた。
刀傷。
三条大橋、南がわの、
西から三つ目の擬宝珠に付いています。

池田屋事件の時のものだと言われています。
青い空。
最後に、三条大橋。

桂は一時、ここのたもとに身を潜めていた?

まとめ。

今日は一日楽しかったです。

ほとんど『石碑』でしたが。

近藤→ゴリラとか、海援隊→快援隊とか、桂小五郎→ヅラとか、脳内の変換が大変なことになっていました。
これ、銀魂読んだ後だからだな。

一つ言っておきます。銀魂読んだから、こんなツアーしたのではないですからね。
大河ドラマのときから気になっていて、時間がなかっただけですからね。


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